プロフィール

この記事をシェアする

f:id:pontaman7:20180424232807j:plain


 

名前:ぽんたまん

性別:♂

生年月日:1992年7月12日

 

フリーター歴約4年。2年で転職4回の社会不適合者。

現在はブログなど書きながら地方の住み込みバイトなどで食い繋いでいます。

 

夢はいつでもどこでも働ける環境を作ること。

 

 

クソ社会不適合者になるまで

 

〜自由奔放の小学生

ぽんたは今では超がつく有名幼稚園となった「ふじようちえん」に通っていました。

ふじようちえんといえばモンテッソーリ教育という、自由を育む教育が盛んに行われていました。

 

もちろんぽんたも自由に育てられました。

というよりぽんたの場合は、先生の言うことすら全く聞かない子供だったみたいです。

自由教育が全く違うベクトルに向かってしまったんですね。ぽんたはモンテッソーリ教育の失敗例です。

 

人の話を全く聞かず、人に迷惑ばかりかけていたぽんたは小学校に入学してからも性格は変わりませんでした。

 

小学校に入学してびっくりしたこと、それは勉強というものをこんなに上から目線で教えられるのか!

ということです。

 

「漢字はこう書きます。」「割り算はこのように解いていきます。」

「今日は集団で〇〇について話し合っていただきます。」

 

まぁ当たり前のことなのですが、漢字の書き順が決まっていることや、こんなことで集団で話をすることに違和感というか、、、

型に押し込められている感覚がとても嫌でした。

 

幼稚園では絵本を読んで「面白い!」って感じたり、昆虫を捕まえて「なんで幼虫から蝶々になるんだろう」とか、自由に楽しむことができた感覚があったのです。

これはふじようちえんだからかもしれませんが。。。

 

ただ小学校に入ってからというもの「勉強」というものが大嫌いになります。

成績は大体真ん中くらいだったかなー。

 

正直宿題とかしたことないし、夏休みの読書感想文が小学5年生なのに「ねずみくんのチョッキ」でしたからね。

 

まぁークソっぷりは小学校から発揮されてますね。

 

 

暗黒の中学生時代 

中学生に入ってからぽんたは真逆の人間へと変わっていきます。

小学校までは人のことなんて考えずに迷惑ばかりかけていた人生ですが、中学生になり「集団」というものをより意識するようになりました。

 

「これが中学の教育か。」

そんなことをよく考えるようになりました。

 

そして、いつのまにか「勉強はちゃんとしなきゃいけない。」「人に迷惑をかけてはいけない。」

と意識するようになったのです。

 

おそっ!!13歳になってようやくですよ!

周りでは童貞捨ててるような猛者もいたのに!

 

そんなことを考えて、考えて、考えて、、、

 

 

ぼくは鬱になりました。

 

まぁ正直軽いやつだったとは思います。

でも、本当に辛い中学生1年でした。

学校の登校中に毎日ゲロってしまうんですね。たった15分くらいの登校時間なのに、5回くらい吐いちゃうんです。

もう朝飯なんて食べる意味なしですよ。

 

学校でも体調悪くて保健室にはよくお世話になりました。

 

そして、ある時1週間まるごと学校を休みます。

 

この時は両親にとても迷惑かけましたね。

 

情けなさすぎる。。。そう思えば思うほど心は病んでいくのですが、

「休む期間が長くなればなるほど、学校により行きづらくなるのではないか。」

そんなことを心配するようになりました。

 

そして、週明けの月曜日には吐きながら学校へ行くようになります。

吐きながらの登校は中学生1年生の夏前から冬終わりくらいまで続きました。

 

超がつく暗黒時代で、本当に辛かった。

 

 

しかし、中2になると自分の逃げ場を見つけるようになります。

それがまさかの勉強でした!

本当に嫌いだった勉強だけど、鬱の頃を少しでも忘れられる気がしたのです。かつ、頑張ってる自分かっけえ。。。中二病ですね。

 

塾にまで通って勉強して、鬱の頃のように学校を休むこともなくなりました。

 

そして中2で初彼女ができます!

その彼女は学年で1番良い成績を取っていて、毎学期の成績がほぼオール5という、とにかく勉強も運動もできる子でした。

 

その子の影響で別れる中3の夏までめっちゃ勉強頑張ります。

そして、成績もうなぎ上りになりました。

 

全く勉強が苦手だったのに自校作成の学校も受けられるの可能性が出てきました。

まぁ、結果的には自校作成ではなくて普通の高校に行くのですがね。。。

 

ここで初めてクソっぷりが少し消え始めるのですが、高校で逆戻り。

超明るい奴だと言われるようになるが、本当は超根暗の高校生が出来上がります。

 

 

高校生ってこんなにしんどいの?

中学生も2年を過ぎた頃は結構モテていました。

自分で言うのもあれですが、ぽんたはほとんど人と話すことがなく、ミステリアスだったらしいです。

それなのによく笑うから、普段はミステリアスなのに印象も良かったとか。。。

 

しかし高校時代。。。

 

ぽんたは高校デビューという手段を取ります。

暗かった中学時代とはおさらばし、派手な髪色に派手なネクタイ、バンド活動と、中学の頃では考えられないような真逆の行動。

 

勉強はほとんどしなくなりました。

 

デビューには正直成功しました。

 

しかし、、、見た目と言動を明るくしても心の中に根付くダークネスな部分はぬぐいきれません。

バンドも一時期はやめてしまい、中学の頃やっていたテニス部にちょこちょこ入り浸るようになります。(正式入部ではなかったはず)

 

心のダークな部分は持ったまま明るい自分を演出していくのは最終的に高校卒業してからも、今になってもそれは続いています。

 

この時の行動は今になってみれば大変だったけど、よかったのかなぁとも思ったり思わなかったり。。。

今となっては完全に二重人格のような状態ですからね。。。

 

テニス部では正直テキトーに練習していました。試合にも出ませんでしたし、暇つぶしでしかなかったのです。

 

そんなぽんたをバンドに誘ってくる友達がいました。最初は断っていましたが、押しが強くていつのまにかベース片手に歌っているような状態でした。

高1の夏過ぎごろからバンド活動、テニス部、バイトを掛け持ちするような日々でした。(テニス部には速攻行かなくなったけど)

 

高3の夏まではバンドとバイトの繰り返しでした。

 

しかし、高3になるとみんな受験モードになりますよね。

ぽんたは全く勉強していなかったため、良い大学なんて絶対に無理な状況。。。

 

それでも勉強し始めました。

「なぜ大学に行くのかはわからない。でもみんな行くから俺も行こう。」

ぽんたはこの時、大学に行って何をしたいのか何を勉強したいのか、全くわからない状態でした。

 

日大くらいのレベルなら大学行っても良いか、そして、美術好きだから美大でも良いなぁ。

こんな感じでした。

だから大学に行かなくても正直良いかなと。。。

 

でももちろん勉強はしましたよ!

塾に行く金はなかったけど、大嫌いだった現代文なんて偏差値37→62まで伸ばしましたからね!

 

これで日大くらいは行ける!

 

そんな時です。あれは忘れもしません。1月4日の時です。

 

 

「あのね。入学金払えないかもしれない。」

 

母親に言われました。

 

 

この時は超ショックでしたね。「もう少し早く言ってー」

とか思いました。

 

でもなぜ大学に行くのかわからないと自分でも公言していたので、不思議と「まぁいいか」で済ました記憶があります。

 

 

フリーター〜社会人

高校卒業後は就職もせず、フリーター生活です。

ただ1年はお金貯めて家を出よう。そんな風に思っていたので、ちゃんと1年はバイトで引越し資金貯めて、一人暮らしを始めます。

 

一人暮らしを始めてからは朝晩とバイト漬け。

もう自分がどういう人生を歩みたいかもあまり考えてなかったと思います。

 

900円そこそこのバイトで26万近く稼いだ時は自分を褒めちぎりましたね。

ただ、寝る時間もなく死にかけていましたが、、、

 

クソみたいなフリーター生活を送っていたぽんたですが、周りが専門卒業で就職や大学卒業で就職など、周りが社会へと羽ばたくようになりました。

 

そこでぽんたも焦りが出てきて、就職活動を始めます。

しかし、4年間もフリーター生活をしているぽんたにとってなかなかうまくいくわけがありません。

 

「今までの4年間はなんでフリーター生活をしていたのかね?」

面接官からのこの質問にはなかなか答えられませんでした。

 

しかし、就職を斡旋してくれる会社で研修を受けてなんとか就職しました。

 

ぽんたのクソっぷりはこのあたりから加速していきます。

 

最初に勤めた会社ではコピー機の修理や営業をやりました。

この会社では人も良くて、今思えば良い会社ではあったのですが、「やりたいことと違う!」という理由で1年と少しでやめてしまいます。

 

2番目に就職した会社では、やってみたいことではあったものの、先輩の圧力が強すぎてやめます。しかも2週間で!

ぽんたは、半笑いの状態で「やめます」って言いました。クソっていうか狂ってますよね笑

 

この会社の上司から言われた言葉が今でも心に残っています。

「おまえは社会不適合者だな。」

この時はとにかくイライラしましたね。そして、悲しかったです。

しかし、あの上司が言っていた言葉、、、正しかった。

 

そして、速攻やめたので次の仕事がありません。

そこでぽんたはタイにひとり旅に行きます。これがめっちゃ楽しくて、人生に大きな影響を与えます。

ていうか、タイに行ってからノマドワーカーというものについて調べ始めるようになりましたね。

 

帰国後はノマドワーカーになるための勉強をしたいから、残業がとにかく少ない会社を探しました。

なんとか就職できた会社。。。時間外労働が4時間でした。

もう速攻やめました。

 

 

そしてこの時諭します。

「会社というのは残業があって当たり前だ。残業が必ずあるなら興味のあることをやろう。」

 

そして、4社目は会計事務所でした。

正直この会社は、人間関係とか最悪だったけど、やめる気は全くなかったのですよ。

ただノマドワーカーとして働くことが自分の夢であって、もし会計士や税理士になっても場所に囚われた仕事しかできないということはわかっていたことなんですよね。

心の何処かにあるモヤモヤ感。。。

 

そんな感じで仕事していても身に入りません。

 

毎日読書や音楽で現実逃避することしかできていませんでした。

 

いつもの通勤電車、ぎゅうぎゅうの豚小屋状態の車内で「農業体験」という広告を見ました。

なんとなくスマホで調べたんですよ。

そしたら地方で住み込みの農業の仕事を見つけてしまったのです。

興味があったので、スマホをタップして行く中で、青ヶ島村の求人」を見つけてしまいました。

 

それから3日悩み、もし受かったら島に行こう。そう思ってメールを送信しました。

 

翌日、受かったという電話が。

 

その翌日、退職届を提出。

 

その2週間後青ヶ島に到着。

 

 

今ではいろんなところで仕事をしてブログを発信したりしています。

 

 

これからの自分

 

もう社会には戻れないと思っていますし、戻るつもりもありません。

だから、いつでも好きな場所で稼げるような仕組みを作ろうと勉強中です。

 

タイに行った経験からタイのゲストハウスを巡りながら仕事をするのが今の目標ですかね。

 

そして、この前作った「小さな夢リスト100」を達成できるようにこれからも人生進めて行きたいと思います。

 

www.pontaman7.com

 

 

 

ただ会社をパッとやめて思ったことは、やろうと思えば少しでも理想に近づけるということです。

 

同じ場所に毎日通うことが辛かったぽんたからしたら、今のようにいろんな場所で2週間とか働くのもある意味、社会人よりは理想なのです。

 

ぽんたのいいところはバカだけど、フットワークが異常に軽いところ。

これからもフットワークだけは軽く行動力だけで突き抜けていきたい。

 

f:id:pontaman7:20180420003648j:plain